なんだかなー

お正月以来、初めて実家に行ってきました。

毎年恒例の 娘のお雛様を取りに行く、です(笑)

実家には今までも色々なものを預けていましたが、妹がなんでもかんでも捨ててしまうのでここ最近は娘(お雛様とお内裏様の平飾り)と私のお雛様(7段飾り) 息子の兜飾り(段飾り)くらいです。

でも、毎年必ず出しているのは今は娘のお雛様だけです。私のお雛様も15年くらい前までは毎年出していましたが、出すのも片付けるのも一人でやって、和室に飾るせいで誰も見ない・・・そんな状況に心が折れました。その後は娘のお雛様だけを飾っていたのですが、やはり和室に飾ると見る人もいない。 で、玄関の靴箱の上にお雛様とお内裏様だけを飾ることにしました。このスタイルになって10年ほどになります。昨日、実家に行った時に妹の娘のお雛様(巨大な段飾り)はほとんど出したこともない、と言っていたので、我が家のようにお雛様とお内裏様だけだしたら? と言って、グズグズ言っていたので実力行使で私が出してあげました。

実家は2階が座敷なので、やはりここに出してしまうと誰も見ないことになります。

なので旧お店の入り口の真正面の棚の上に飾ることにしました。最初は右側の机の上に飾ったのですが、それだと誰も気づきません。正面にすれば、人が来た時(住宅用の玄関が別にあるけど通りに面しているのはお店用なので、こちらからほとんどの人が来る) 見てもらえるでしょ? と。

実は我が家の玄関のお雛様も中に入らないと見えませんが、例えば宅配のおじさんとか新聞の集金のおばさんとかが来ると「素敵ですね」って声をかけてくれて、それがとても嬉しかったりするので、妹の(姪の)お雛様もご披露したいです。

っていうか、私にとっては因縁のお雛様ですが

 

私の娘が生まれた時、私は親に遠慮して「自分のお雛様があるからいい」と娘にお雛様を買ってはもらいませんでした。でも、後に「お雛様は一人に一つ」という話を聞いて、ちょうど今の天皇陛下がご成婚の頃に娘のお雛様を買ってもらいました。ご成婚仕様の立ち雛です。それは素敵なものですが、やはり娘は私の段飾りを羨ましがっていました。

そして、その後、妹の子供が生まれた時に妹は遠慮会釈もなしに、メッチャ豪勢な段飾りを母に買ってもらいました。床の間に飾ると天井ギリギリで畳1畳半くらいまで出るほどの大きさです。

それを自分の家(当時は社宅だった)には入り切らないから、と言って実家に飾ったのです。

なので娘をそれを見る事になりました。その時に娘が「Kちゃんのお雛様すごい、Kちゃんいいな」を繰り返していました。うちの娘は小さな頃からあまり人羨んだりしない子だったので私はそれがなんだか本当に不憫で悲しかった覚えがあります。

そんな因縁のお雛様も姪が小学校に上がるのを契機に夫の地元に引っ越して目にすることもないと思っていたのですが、妹が夫実家から逃げ帰ってきて我が実家に住み着くことになって再び目にするのかと思っていたのですが、うちの妹は生来のめんどくさがりで、結果としてこの1お雛様を出すこともなかったそうです。2年前に母が気になって出してみたら半数近くのお人形が行方不明・・・

そして、去年はひ孫のために探し回ってやっと全部揃って飾った、と言っていました。

なので、今年も飾ろうかどうしようか、と言っていたのですが、ハイハイしていた去年と違ってひ孫ちゃんも動き回るし、ひ孫ちゃんのために小さいお雛様を買ってやったということなので(お嫁さんの親は何もしないタイプ。妹の息子はドケチ。ウチの妹は事なかれ主義)

それなら、と。この時、うちの娘の平飾りの台座だけでも使ったら?と出してみたら(台座はおそらく10年以上しまいっぱなしだった) その台座の塗りの部分が剥がれ、つなぎ目はボンドが取れてうっかり触ったらボロボロに・・・

よく、空き家は傷みが早い、というのを見てはいますが、毎年必ず出していた娘のお雛様&お道具はなんともなかったのに・・・ 結構立派な台座だったのでショックです・・・ 人の手が入らない、風を当てないと保存というのがいかに難しいのか、と実感しました。

 

さて、お雛様問題はとりあえず、おいておいて

母も84歳になり、この先のことが心配になっているようです。今は下の妹と二人で気楽にやっているようですが、妹の旦那さんが3月末で定年になり、その後、再雇用先がどこになるのかで妹も実家を出るのか、もしくは妹の旦那さんがまた戻ってくるのか・・・

妹の長男が去年、家を買ったとのこと。妹の旦那さんは今は自分の実家で単身赴任していますが、そもそも母親がホームに入るので実家の管理をしてくれ、と言われてそちらに転勤希望を出して「住んでやっている」つもりでいたそうですが、お金にシビアな母親から「家賃」を請求されて払っているそうです。で、ワタシ的には妹一家(5人)が我が実家に住んでいた時

妹は母に3万しか渡していなかったこと。ただ、食費は妹が払っていたとのことでしたが、驚くことに妹は食費として母から2万円とっていたのです。 結果として妹一家5人は実質負担1万円で、光熱水道費、家賃(借地のため地代)、日常使いの洗剤やらトイレットペーパーやら、さらに家のリフォーム代などもすべて母が出していたのです。母が車を運転していた時はガソリン代も母が持っていました。妹の子供達の塾やお稽古などにも母が送り迎えしていました。

これを知った時の渡しともうひとりの妹は呆れて妹がどれだけ非常識だったかたしなめました。

そもそもそれが発覚したきっかけが 母が「お金がない」と言うので私ともうひとりの妹が援助しなくちゃいけないのか?と母にどうしてお金が足りないのかを確認してわかったのです。

結果として、妹一家は5人全員が揃っていた時が10年ほど、その後娘が大学に行き下宿して4人になって3年、息子が就職して家を出て3人になって2年、もうひとりが就職して家を出て2年、ダンナが単身赴任して妹一人になって2年。

私と妹が下の妹に非常識さを抗議したのが3年ほど前で、やっと下の妹がお金(地代相当)を入れるようになったらしいのがここ1~2年です。

昨日の話の中で 妹が食費を出しているから、と言っていましたが光熱水道費と雑貨等は母です。「うちの光熱費は大人3人で2万程度だけど」と言ったら「そんなに少なくない」と言っていました。しょっちゅう、妹の子供達が家族連れでやってくるし妹は神経質なくらい洗濯好きで、昔から1日に3回洗濯機を回す、と言っていました。我が家などは最近は2~3日に1回です(笑)

母は自分の分の洗濯は週に1~2回だと言っていたので、これで母が本当に一人暮らしになったら妹がどれだけ実家ぐらしで恩恵を受けているかわかりそうなものです。

と言うか、今現在、ダンナが自分の実家で一人暮らししているので、それにかかるお金くらいは妹も実家にいることでかかっていると思うのですが・・・

でも、母は結局「妹に住んでもらっている」と。

 

で、で、長い前置きの最後になります。

昨日 母が「わしはあの子に『おまえばかりが被ることないから、姉ちゃんたちに助けてもらえよ』って言ってある。私はどこでも暮らせるから二人にも分担してもらえって言ってやってる」と

・・・そもそも私が一緒に住んでやると言った時に「おまえと一緒に暮らしたら殺される」と最大限に拒否したくせに。

結婚の時、父が倒れた時、少なくとも2度は言ったけど。確かにその時は母も若いしその気はなかったのかも知れませんが、とにかく「おまえとは反りが合わないから嫌」ってことを言われました。私は40歳くらいの時に母にこどものころ母に言われて嫌だったことを抗議したら「そんなこと言ったって、私はおまえみたいに嫌な性格じゃないから、だから『おまえには私の血なんか流れていない』って言っただけ」と。40年経っても おとなになってもやっぱり「全否定」なんだ、とそれこそ血の涙を流した覚えがあります。それでもずっと母のことを気にかけ、折に触れてお金も渡したり、実家に行った時は妹がやってくれないと言う細々とした雑事を手伝ったりしてきたのに・・・

結局、母は下の妹ばかりをかわいがっているんだな、と。

そりゃ、近くにいる子のほうが可愛いのは当たり前だろうけど・・・

なんだかなー・・・

 

頑張っていますが

去年の私は3月でお仕事を辞めているので所得は50万程度でした。でも、とりあえず3箇所からお給料もらってたので確定申告しておいたほうが良いのかな?

その前の年も夫の扶養範囲ではあったものの住民税が来ていたので、とりあえず無駄になったとしても出しておいたほうが良いかも、と早々と取り掛かりました。

そして今頃知ったのですが、生命保険料控除、今まで旧保険の控除だけしかしていなかったのですが、保険会社から送られてくる明細には新保険のもありました。今までなかった介護保険料控除?も受けられたのかしら? あらららら~って感じです。

そもそも、私は国民年金1号で12年ほど払っていましたが、そのうちの半数くらいは社会保険料は夫の会社でOKでした(年120万くらいだった) 3号で全く払わなくても1号と同じ扱いなんですよね? ホンっと もったいなかったなぁ

そもそも足りなければ追徴?とか、減額があるのに、余分に払っていても返してもくれないんですよね・・・ 随分な話だ・・・

私の住んでいる地域は健康保険料が全国でもトップクラスに高い市だったし、夫の年収?というか世帯年収?で保険料が決まるせいか、とにかくメッチャ払っていた覚えがあります。

1・5倍働いて手取りが同じくらいだったように思います。

そこへいくと、去年の50万程度の収入は 正直、日にちにすれば40日くらいしか働いていないので逆に申し訳ないくらいです。

 

今年は全く収入のあてがないので何かないかと今はとても焦っています。

とは言っても私のできる可能性のある仕事はどうしても人と接しなくてはいけないものばかり。

コロナがなければ ベビーシッターのサイトに登録するつもりでした。

高いお金を出して資格をとった技術も30~60分の施術が基本だし・・・

さあ、どうしたものか・・・

早い(笑)

④のFAXで注文した物が今朝届きました。メッチャ早い(笑) なので、私もソッコーで入金を済ませました。

⑤の足りないものに関しては昨日 「発送しますね」と連絡が来ました。明日には届くと思います。そしたら宿題もできます。そして、それが届いたら届きましたのご報告とあわせて新しい講座に関する問い合わせメールの下書きは完成しています。

⑦のサイトの登録は、そのサイトの評判などをチェックして、なんだかんだで辞めることにしました。

最近、昔買わされた高いお布団の事を聞き出すような電話がありました。

もう20年以上前の話なので、なんだかんだ言ってくるとは思いませんが、何某かの情報が出回っているとしたら良い気はしません。

ガソリンスタンドの情報が出回って怪しい督促状がバンバン届いたことがあります。それ以前に架空請求のハガキが届いていて、まだ世間にあまり認知されていなかった頃だったのでパニックになったことがあります。でも、それ以来、おんなじようなハガキが来ても放置しています。(一度は警察の生活安全課? みたいなところに現物持って相談に行ったことはあります)

いずれにしても、情報なんてどうやって流出するかしれないし、この先、余分なものにはなるべく登録しないようにすることにしました。

 

さてさて、モタモタしているうちに世間はどんどん動いています。

私もそろそろ、新しいお仕事を探し始めても良いかもしれません。

 

 

 

やればできる

ティモンディの高岸さんではないですが、「やればできる」を改めて実感しています。

 

昨日のブログにやらなくちゃいけないのにたまりきっているいくつかの出来事のうち

②の感想シートを仕上げて送りました。 ③のサークルの原稿もお題も決めて昨日の夕方便に間に合うようにポストに投函できました。 ④もFAXで注文表を出したのであとは物が届いたら振込用紙があるらしいので入金して終わりです。実はこの件に関しては仲間にどうするかきいてみようかと思ったりもしたのですが、今更人の意見に流されてもなーと自分で判断した分量を頼みました。 ⑤は足りないものが届かないとできません。 ⑥はあらためて講座内容をチェックしてみました。1回めが終了してしまっているのでどうしたものか悩んでいます。とりあえず問合わせのメールを書いてみましたが、前置きが長くなってしまって(笑) いっその事電話で問い合わせるか迷っているところです。

 

こうしてみると昨日まで焦るばかりだったのに、ちゃんと状況を書き出して可視化することで問題をちゃんと把握することができました。

そして、やると決めたらできるじゃない! ってあらためて思いました。

 

これから、また今の自分の問題点を書き出してみることにします

波が

ここのところずっとハイの状態でいました。

嫌なことがあってもあまり落ち込まず、結構、前向きでいられた気がします。

 

しか~し!! さすがにハイの状態が永遠に続くわけでもなく、今は少し焦って焦って焦りまくっています。(笑)

原因はあれこれやらなくちゃいけないのに先延ばしにしてきたことの存在。あまりに放置しすぎてやばい、と思っていたり期限のあるものが迫ってきたり・・・

①1月で終わった講座のアンケート

②最近受けた講座の感想シート

③入っているサークルの原稿

④とあるセミナーの刊行物の申込み

⑤2月の講座の宿題

⑥新しい講座の申込み

⑦とあるサイトへの登録

バタバタ気持ちが焦って、つい「何もやっていない」と自己嫌悪に陥っていますが①は一昨日提出しました。月初めはこの講座のテストのためにヒーヒー言っていました・・・ 無事、合格のメールが来てホッとしています。 ②は半分くらいは書いてあります。でも、少々葛藤があって進みません ③は原稿は書き終わったのですが、当番のお題が思い浮かばずモヤモヤ中。でも、原稿の送り先がわからなかった問題はクリアしたし、お題を書いたらすぐに封筒に入れてポストへ入れる状態にはなっています。④は案内が届いてからどうするか迷っていましたが、申し込みをすることは決めました。あとはFAXをするのみ(&入金)でも、発注数とかもまだ迷い中 ⑤は必要なものが足りなくて10日間くらい探していたのですがどうしても見つからず、3日前に本部に再送を頼みました。機会を見て送ります、というお返事もいただきました。期限はまだ来月の半ばくらいまではあります。⑥はお金の問題で見ないふりをしていました。しかし、気がつけばいくつかの講座が終わっていました。12回で30万ちょっと・・・ う~~~ん、と悩んでいました。一つだけ受けるなら 3万くらいです。 今月は別の講座(27500円)を受けたところなのでプータローの身には少々厳しいかも・・・ ⑦は先程ためしてみたら、私のアカウントが使えないという状態に・・・ 色々試すのも面倒なので、もう登録は諦めようかな・・・

 

どれもやろうと思えばできないこともないのですが、感想シートとか原稿とかが苦手です。元々文章を書くのは好きでなんだかんだでこうしてブログを書いたりするのは慣れているのですが

正式?なものであればあるほど、何度も何度も何度も書き直さないとダメで

それがあるので取っ掛かりも悪くなるし・・・ 

なんだか、この間の講座のしこりがまだ残っていてモヤモヤ感が半端ない気がします。

やっぱり私は人と接するのが苦手なんだな、とあらためて実感しています。

さらに、どう取り繕っても男の人が苦手。ぶっちゃけ嫌い!! 女性ならいいのかと言えば基本、どうも人間嫌いではあるけれど、男の人に対する嫌悪感ほどではないかな、と思います。

考えてみれば今は現実で接する男性が夫しかいないせいで、私の怒りというかイライラ全てが夫に向いていたのかも(笑)  もし、私が現実世界でもっと多くの男性に触れていたら夫に対してもう少しは寛容になれていたかもしれません。

男性不信というか男嫌いは母譲りなんだろうなと思います。私の妹たちもどちらかと言えば男嫌いですし・・・ さらに娘に対しても私の価値観を植え付けているのかもしれません。ヤバいです・・・

 

あ、なんだかここにあれこれ書き込んでいたら少しばかりイライラが落ち着いてきました。

とりあえず、やれることからやっていくしかありませんね。

がんばろ!

 

お出かけは

今年はなぜかすっきりしない感じで新しい年が始まってしまいました。

いつもだったら、仕事が始まるので切り替えができていたのに、ダラダラが続いてしまっているせいでしょうか

占いで今年は新しいことに挑戦すると良い、というようなことがあったのに、なんとなく腰が重いせいかもしれません。

とは言ってもとりあえず、今月で交流分析の口座を終え、試験も終わったところですし10年ぶりくらいに、とある資格を取るための講座も再開しました。

今年還暦の私にとって資格をとって一体今更なんになるのだろう、という思いもあって正直、全てにおいて二の足を踏んでいる状態です。

家計簿チェックをしていたら、なんだかんだでここ4~5年で一番お金をかけた資格には300万ほどつぎ込んでいました。心理学の方で60万くらい・・・そして今回、再開する資格に関してはかれこれ20年ほど前から始めていたもので、ここ10年のブランクはありますが口座に通っていた10年間の費用は50万程度ですが、東京へセミナー等に参加すると宿泊交通費だけでも1回で3万はかかる上に、講座の費用が3~5万・・・ どれくらい通ったかなぁ・・・ 20回くらい? もっとかな・・・ なんだかんだで500万以上はお金にもならない「資格」のためにつぎ込んだように思います。これを回収することは無理だと思っています。

でも、それに伴っていろんな学びを得ることができたと思えば無駄ではなかったとは思います。

ただ私は俗物なので、何かをする時に将来 役に立つ(お金になる)という観点で動いていたので、それはまったくもってアテが外れたと言ってもいいと思います。

今でも異常にお金がほしい、お金を稼ぎたいと思っています。その一方で、とりあえず、夫のお金で暮らしていく分には不自由はないとも思っています。

お金を得て、何がしたいかと言えば、何度も何度も書いていますが、ただ子供のために残しておきたいだけ。

こどもに感謝されたいだけ・・・

じゃ、私は自分の親が死んだ時にお金を残しておいてくれたら感謝するのでしょうか? お金を残してくれなかったら感謝もしないのでしょうか? そうじゃない、と自分は思うのに

自分自身の価値は子どもにとっても夫にとってもお金を残すことしかないと思っている・・・

なんなのでしょう、これは

 

私はヨーロッパ旅行が好きでした。でも、この10年、海外旅行とはご縁がなくなって、そのうちコロナで行けなくなって・・・ ま、それならそれでいいや、と思っています。

海外旅行と言うか、旅行自体に魅力を感じなくなってしまったのは自分の体力的な衰えもあるのですが、一緒に行く人との価値観の違いが大きい気がします。娘と二人でトルコに行ったのが12年くらい前、フランスに行ったのが10年ほど前、これが海外旅行の最後です。この時、実感したのが娘との価値観の違い・・・ ぶっちゃけ言うと、娘がつまらなそうだったこと。その1~2年前には妹と中国、スペインに行きました。娘ほど気を使わなくて良くて楽でした。でも、その妹とは子供時代とても仲が悪かったので、イマイチ楽しめなかった気もします。娘は写真嫌いで写真を取らせてもくれないし、撮ってもくれません。私は昔から現地の写真は絵葉書でいいので、せっかく旅行に行ったら「自分」が写り込んだ写真が欲しいタイプです。夫は気が利かないタイプで、しかもシャッターを押すまでグズグズするので、新婚旅行の頃から写真を撮る時にイラッとしていました。でも、言えば撮ってはくれます。でも、娘は「拒否」するのです。そこへいくと妹は昔から世話焼きタイプで自分はどうでもいいけれど、人の写真は「撮ってやる」とすぐにカメラを向けるのでありがたかったです。致命的に下手くそなのが問題でしたが、今はその場で確認できるし、だめだったらすぐにとりなおすし、その労力も惜しまないし、スピードも早いのです。「ほいほい、はいは~い」ってテンポよく気持ちよく過ごせます。でも夫や娘に写真を頼むと本当に気分が悪くなって、せっかく撮った写真もいつもふくれっ面になっている次第です・・・ ホンット、全然楽しくない・・・・・・

 もうひとりの妹とイタリアに行ったのはそれからさらに2~3年前でこの妹と行ったとき(母、私、妹、妹の子2人の総勢5人)が一番楽しかった気はします。ただ、この妹と遠出をすると必ずと言っていいほどトラブルに巻き込まれす。この時はチャーター便の飛行機のトラブルでまる1日、足止めを食らったこと。その前にスイス・ドイツに行った時(母、私達3姉妹とそれぞれの子どもたちの総勢11人)は現地のバスに車が突っ込んできました。幸い大きな事故ではなかったものの肝を冷やしました。

そうやって選んでいくと一緒に旅して一番気楽で楽しいのは実は母なのかもしれません。母と二人だけで遠出をしたのは沖縄、香港、中国くらいで、近いところに家族では何回か行ったことがあります。最後が中国でかれこれ15年くらい前。私が好き勝手に動いて振り回すのに付き合ってくれている感じです。70歳くらいでしたがとても元気でした。私が体調を崩して大変だった時、一晩中背中をさすってくれていました。子どもの頃からずっと母は私が体調を崩すと世話をしてくれていた覚えがあります。いい大人が情けないと思われるかもしれませんが、結婚してから自分が体調が悪い時に家族に看病してもらった覚えがありません。

一昨年、インフルで寝込んだ時、肺炎でしんどかった時に娘が細々、食事を作ってくれたりはしてくれましたが、母が面倒を見てくれたときのように至れりつくせりって事はありませんでした。

娘自体が昔から丈夫な子であまり、看病をしてもらった経験がないからかもしれません。

世話をしてもらって本当に嬉しくはあったのですが、正直 物足りなかったです。

今の私は家族から見れば甘ったれて体調を崩しているように見えるかもしれないので、私が足が痛いからもんでほしいとかさすってほしい、と言ってもやってくれません。私がブチ切れてやっとダンナさんが手を出してくれますが、でも私のお願いは命令でしかなくて不愉快なようです。

私はいつも調子が悪い、と言うと「もういいよ」と言うまでさすってくれていた母と比較してしまいます。だって、私はそうしているのに・・・彼らは言われてもやってくれない・・・

私が毒母と言ってもいいほど暴言まみれの母をそれでもずっと慕っているのはそういうところです・・・ だから、母と出かけた時にあれこれ世話を焼かれるのがうれしかったです。少なくとも一人でつまらない思いをしないではいられたし。(娘は自分だけの時間がほしいのでバス移動の時は寝ているか本を読んでいる)

 

友人と出かける時はオタクな仲間とはオタクな話題で盛り上がるので楽でした。ただ、著しく好みが違う友人には、合わせているのがしんどい時もありましたが、それぞれが好きなことを好きに、というスタンスでうまくいくようになりました。

中学時代の友人とは今までも何度も書いていますが、おそらく私が木を使うばかりだと思います。そして彼女も私といるのは本当はしんどいんじゃないかな、と思います。

 

色々なことを考え合わせると、あれほど好きだと思っていた海外旅行の魅力も半減です。そもそもアフターコロナの世界では大好きなヨーロッパはアジア人を受け入れてはくれないかもしれません。もう海外へ行くこともないかな、と思います。

海外旅行ほど大きなお金が必要な趣味もなくなればこの先も頑張ってお金を稼ぐ、いう必要性もないかもしれません。

 

 

新しい年は・・・

正直なことを言えば、イマイチ不調・・・です。

特にここ1週間位は右膝の痛みが限度を超えていて、膝を曲げることはおろか、うっかり膝を床についただけで飛び上がるほどの痛みでした。

昨日はついに右足の付け根が引っかかったような違和感があり、歩くときも足を引きずらないと歩けないくらいの状態でした。

なので、いつもの「怖い先生」の整体に行ってきました。

また怒られました(笑)

痛いときは使うな、というのが先生のお言葉なのですが、でも「だからといって使わないわけには行かないのはわかる」とも言ってもらえます。

で、結局、自分で加減をするしかない、と

サポーターでも湿布でも塗り薬でも、とにかく道具を利用するというのも手だ、と

そうなんです、私はサポーターは足が太いせいか、しているとミミズ腫れになってしまうし、湿布もかぶれたり、塗り薬はめんどくさくて・・・と やたら言い訳をして辞めてしまっていました。

でも流石に今回は曲げると飛びあげるくらいの痛みで、逆に足を真っ直ぐに伸ばすこともできず(右膝が床につかない)、腰から付け根にかけて違和感があり・・・

 先生に施術してもらって少しだけ足の引っ掛かりが治ったように感じましたが、「この調子では長くかかるよ」と言われているので、しばらくはこの状態が続くのだろうな、と・・・

しかし!! 昨日、帰ってからサポーターを探して左足に嵌め、夜寝る前にバンテリンを塗って、今朝起きたら・・・ ありゃりゃ?? 膝が真っ直ぐに伸びる・・・ 膝自体の痛みは確かにあるけれど足の付根の違和感は全くなくなっていました。やっぱり、先生すごいです!!

施術もおっしゃることも確かでした。これからはきちんと先生の言う通り、日常生活にも気を配りたいと思った次第です。