過保護?

息子が結婚した当初、いくつかのすれ違いから胃潰瘍にまでなり、最終的にもう、息子夫婦とは決別しようと思っていました。

このブログを書き始めた当初に、結婚してからお嫁さんと会うのは数えるほどしかない、と愚痴っています。

結婚当初は新幹線の距離で、この時は盆にも正月にも戻って来ませんでしたが、2年前に高速で1時間半ほどのところに転勤になり、盆、正月には顔を出していました。

この4月からは息子は飛行機の距離に転勤になりましたが、お嫁さんはこちらのがんセンターに通っているので実家に身を寄せています。

そして、私は3月末で仕事を辞めたのは、ひとつにはコロナのストレスがありましたが、そのコロナのストレスの大元は、がんのお嫁さんにもしも自分が原因でコロナを移しては・・・と言う恐怖でした。

仕事を辞めたおかげで自由が効くので、お嫁さんのがんセンター通いのサポートをしています。私は本当に、自分ができることなら、何でもしたいと思ってはいましたが

それこそ、結婚当初からの経緯からすれば私の申し入れなど「ありがた迷惑」なんだろうな、と思っていました。でも、結果としては9月からは毎週の抗癌剤治療の送り迎えを担当することになりました。

私は子どもたちが学生時代から、雨が降れば必ず駅まで送り迎えをする母親だったので息子は私がそれをすることを「当たり前」だと思っているのでしょう。

決して決して恩を着せるつもりなどないけれど、こんなに私を胃潰瘍にするほど悲しませた事も忘れ、ただの一言もない息子に対して虚しさしか感じません。

お嫁さんは送り迎えうするたびにお礼を言うし、お嫁さんのお母さんにもお礼を言われたり、色々なものをいただいたりしています。

でも、息子からはただの一言もない・・・・・・ 当人が言っているんだからいい?

そうなんでしょう。

でも、ハッキリ言って私が彼女の送り迎えをするのは「”大事な息子の”嫁」だからです。

おそらく、頼まれれば私は絶対にノーを言いません。それが身内でなくてもです。でも、今回、頼まれなくてもいい顔をしてしまったのは、「息子のため」です。

3月以降、私はお嫁さんのために便宜を図ってきました。

それに対して息子からの言葉がないのが寂しいのです。

うちに来て、私が話しかけてもまともに返事もしない態度が許せないのです。

うそでも、仕方なくでも、お礼を言うお嫁さんのほうが息子よりずっとマシです。

 

もう、何年も前に、息子が学生時代、酔いつぶれてお迎えに行ったなぁ、って行った時に彼女は「過ッ保護~!」てポロリと口にしてました。その翌年、お正月に私の実家に息子のいとこたちも集まるので息子夫婦も呼んだのですが、お嫁さんがお友達に会う、というので息子が送り迎えをし、早めに帰ったことがあります。

息子はお嫁さんがお友達と遊んでいる間、息子は漫画喫茶で時間を潰していたそうです。

どれだけ甘やかしているんだよ! って思いました。

息子はそのまま実家でいとこたちと過ごし、お嫁さんは自分で友達のところへ行けばいいんじゃない? だっていい大人でしょ? 学生の息子が酔いつぶれてるのを迎えに行った私を過保護という人のやること?

息子が家族に送り迎えをしてもらうことが当たり前だったから、そのお正月も送り迎えしてもらって、そして今回だって息子は私が彼女の送り迎えをすることを「当たり前」って思ってるんでしょう・・・

結局、過保護の恩恵を受けているのは誰?

 

私は、誰かにものごとを頼まれることが好き

自分が役に立っていると思えるから。

いわゆる「承認要求」なんでしょう

だから、9月以降、「毎週」お嫁さんのがんセンターへの送り迎えをすることは本当に嫌ではありません。

大事な息子のお嫁さんだから、少しでも役に立ちたいと思います。

彼女のために毎日、お祈りをしています。

と言うか「息子とお嫁さんが幸せでありますように」と言う、お祈りですが・・・

彼女には家の宗教があるし、息子はそもそも宗教嫌いなので、私が人知を超えた物に願い事をすることを好みません。

それでも、私は毎日お祈りします。

過保護なのか、自己満足なのか・・・ わからないけれど・・・