色々なことが起こっている

GWは今年もダラダラ何もしないで過ごしました。

4月の半ばからリフォーム、もしくは引っ越し、と家の事でバタバタ動き回っていましたが、GW中はお休みで夫と娘がいるので外には出ないで、地味にスキャナーで大量の非常勤時代の資料をスキャンしていました。

そして、娘の援護を受けながら夫と何度も衝突して話し合い、14日の午前中に「新築そっくりさん」でリフォームした家の見学、午後に私の一番お気に入りのマンションの見学、と進みました。

そしたら、驚くことに話がトントン拍子に進み、夫も私の気に入っているマンションの購入を前向きに感がるようになりました。ただ、私が一番気に入っていた家具付きのモデルルームは予約が入ってしまって無理でした。事務所に使われていた部屋も予約が入って、あとは一番上の階と狭いモデルルーム、その他から迷って結局、私があまり上層階は好きではないので3階の4LDKであとは値段交渉、という段階まで話が進みました。実は私は事前に、そのマンションがもう1年が経過しているので新築とは言えない、と言う情報をネットで見てさらに1年経過したら1~2割の値引きが可能化も、なんてのも見ていたので、「少しは値引きがあるのか?」と聞いてみたら担当は若いお兄ちゃんで「月曜日の会議で交渉してみます」と。その段階で「リフォーム等も検討されているとのことだったので、どれくらいの意志があるのかわからなかったので」と言うようなことを言われました。実はその時で私は3回目の訪問だったのですが、それでもやっぱり、まだ見込み客ではなかったんだな、と、少しだけ気持ちが冷めました(笑) で、そのお兄さんが一押しだった3330万のモデルルーム(めっちゃオシャレな家具付き)と同じタイプの部屋にキャンセルが出たのでそれを3170万で販売するが、それだったらなんとか150万くらいの値引きが可能、と言う事でした。でも、私が欲しかったのは本来は4280万のモデルルーム(超オシャレ)で、それが売れてしまったので諦めて同じタイプの部屋だったらどれくらい?と聞いてもやはり同じくらいが限度、と。で端数を切る感じで「180万ダウンで会社と交渉してみます」と言う話で落ち着きました。しかし、その後でGW中のCMで「5月中に契約し6月中に引っ越し完了の先着5組様に100万円オプション」とあったのを思い出し「それもつくの?」と聞いたら「それは無理です」と。ってことは、結局、頑張って80万の値引きなんだな、と。ネットでは「新築1年が過ぎていたら中古扱いだから1~2割の割引はありうる」とか「1年経過のマンションを500万安く購入できた」とか書いてあったので、なんとなく、ほぼほぼ決めてはみたもののしっくりこない感じでいました。

で、たまたま眠れないままスマホを見ていたら、つい「中心地〇〇まで10分」と言ううたい文句が目に飛び込んできて、勢いのままその日の午前の「見学」申し込みにポチっと押していました。

とにかく、その日は眠れないまま1時からずっとスマホを見ていたので頭がボケボケだったのだと思います。いつもだったら絶対に選ばない立地の場所、規模のマンションでした。

で、朝、夫に言うと、前の日の見学で少しは前向きになっていたのと、後はかなり前向きに検討していた私のお気に入りマンションで販売会社のHPを見たら、地元ではそこそこ堅実で創業も古いのですが、資本金が少ないことが気になっていたようです。私はと言うとモデルルームへ行く途中の階段にまだ1年のはずなのに小さな線がたくさん入っていたのが気になりました。さらにどこかの階の通路に小さな水たまりがあったので「あれ?」と言うと「ああ、それは前の日の雨のせいで雨漏りではないので大丈夫です」と言われ、前の日の雨が結構激しかったし外の廊下なので「そうだよな」とその場では納得しました。しかし、後になって午後になっても水たまりが消えないくらいのくぼみがあるってことなんだよね?とちょっと引っかかりました。もちろん、コンクリート敷きでたまたま少しくらいたわむことなんて当たり前にあるとは思うのですが、でもそこでちょっと違和感を持ったことは確かです。

そんなこともあって、ここで前のめりに決めてしまう前に、もう一つくらい見ておくか、と言うことで出かけました。私は土地勘がありませんでしたが、夫の叔父の家からそれほど遠くはないとのことでした。で、あらためて確認したら地下鉄の駅まで徒歩15分・・・しかも、その地下鉄の路線ってメッチャ使い勝手の悪いイメージ。それでも大きな都市には直通で行けると思っていたのですがまさかの乗り換え(その乗換含めての10分らしいけど←今、乗換案内で調べたら乗り継ぎで15分くらいは必要みたい) 結局、30分は掛かるんじゃない! と。いえ、地下鉄まで徒歩15分って出口からマンションのエントランスですよね。そうすると家の出口からホームまで加えると最低でもあと5分は余分に見なくちゃいけません。だまされた気分・・・ でも、その代わり徒歩2~3分の所に直通のバスはあるらしいです。日中は1時間に3本くらいで朝はもう少し多いけど滅茶苦茶 車が多く渋滞する道路です。本当に25分で行けるのでしょうか? と、見に行く前にかなりテンションが下がってしまっていました。

我が家から高速を使って40分ほどで到着。「あれかな?」と最初に見えてきたマンションを見て言っていたら、そのあと、マンション、マンション、マンション・・・ こんなに大量のマンション、街の中心部に行かないと見たことないです・・・ 

たどり着いたマンションは私のお気に入りに比べるととてつもなく大きく感じました。ワンフロア12軒で8階建て・・・ 大規模なのは嫌だ・・・ 駐車場からエントランスまでがまた遠くてウゲゲ・・・  お気に入りマンションは1階がエントランスと駐車駐輪場で2階からがマンションでしたがここは100%平面駐車場と言う事で広大な駐車場があっての1階からマンションです。そこで妙に勢いのあるオジサンに勢いよく説明を受け、アンケートをタブレットに入力し10分ほどのプロモーションビデオを見た後に、希望価格、間取りを考慮してモデルルームを見学・・・ で、2つを見た感じではやはり設備が圧倒的に前のマンションの方が良くて、なかなか気持ちが乗りませんでした。しかし、私が「とにかく収納が欲しい」と言うと、収納が充実したプランがある、とのこと。で、それを見たら間取りは完璧!に理想に合致しました。 

実はこのマンションは南向きではあるのですが、目の前に大きなビルが建っています。なので5階以上であれば見晴らしはいいものの3階以下はちょっと難ありなのだそうです。でも私は今住んでいるところが目の前が壁壁壁なので、それに比べれば・・・ 

とりあえず、そこの1階がモデルルームで時期販売で、このタイプの部屋はあと2階3階の2つしか残っていませんでした。2階は3階より200万安くて、なんと私の希望していた別のマンションとほぼほぼ同じ価格でした。で、これを気に入っていると言う話になってザラっと、必要経費なども出してもらったら、前のマンションは修繕積立金やなんやらで130万ほど別に必要、と言われていましたが、ここは100万くらいでした。さらに話を進めていくと「わかりました、私所長ですので私の裁量でいくらでもできます」とこちらから何も言わないうちにサックリと一部経費を値引き。さらに管理費等は前のマンションよりかなり高めですが、管理人さんが週5日駐在するらしいし、カラクリ?で教えてくれたのは、これはもちろん前のマンションでも言われたのですが、修繕費が数年目ごとにUPするのですが、前の所では10年目くらいに1.6倍になるとのことで、その後も倍くらいになるとのことでしたが、ここは6年ごとに1000円ずつくらいのUPでした。なので長くなると前のマンションの管理費の方が高くなるかもしれません。さらに前のマンションの駐車場代が平面だと11000円でしたが、こちらは7000円でした。この4000円の違いも年間なら5万。30年で150万の違いになって行きます。

前の日にそこのマンションにしようと決断していたので、もう新しい所は見に行かなくていいか、と思っていましたが、行ってよかったと思います。

でも、今度は逆に、私の気に入った間取りが時期販売の1階モデルルームを除いてあと2軒

しかない、となったので焦ってしまいました(笑) で、とりあえず1週間、仮押さえで来週の日曜日に改めて話を詰める、と言う事で落ち着きました。

正直言って怒涛の展開です。

でも、その所長のおじさんの出身地が夫の会社が元あった場所に近かったこと(夫は現在の場所に移って2年目の入社なのでその場所には行ったことがなかったけど、その場所にあったせいで私の実家の近くにあった社宅に住んでいた) 

さらに、9月から週に3日ほど行く予定の会社のある地域で、夫の会社の親会社の近くで何年か勤めていたこともあったようで、そういう話でも盛り上がっていました。年はおそらく50代頭だと思いますが(10歳ころまで夫の会社がそこにあったのを覚えている、と言っていて夫が勤続41年なので52~53くらい?)バリバリの営業マンでやはり経験値が前のマンションの若いお兄ちゃんとは全然違うな、と言う感じでした。でも、やはり最初はバリバリ感が苦手かも、と感じましたが(笑)

このまま行くと今月中には契約まで行ってしまいそうな勢いです。

相当気に入ってはいますが・・・ でも、やはりまだ本格的に動き出してやっと1か月なのであまりの急展開に戸惑う面もあります。

たまたま日曜日に来た息子にも経緯を話したのですが結局、彼は全部気のない返事をするだけでまともに取り合ってもくれませんでした。今までも家に来て30分程度で帰っていましたが、今回も1時間もいるかいないかで帰っていきました。私はうっかりもらった冷凍庫、母の日のプレゼントのお礼も言いそびれていました。

そのおかげか、怒涛の展開で疲れたせいか、なんだか急に気分がめり込んできました・・・

 

人生の中のストレス度でライフイベントとストレスの関係は「配偶者の死100」「息子や娘が家を出る29」で 「住居の変更20」なので、思ったよりストレスは少ないのかもしれません。でも、私にとってはかなりの一大イベントになると思います。ただ、今住んでいるところへの不満は解消されるとは思いますが、新たな環境、人間関係へのストレスは増える気がします。何しろ、周りに膨大なマンションが立ち並び、この新しいマンションも今現在入居している人たちも7割がニューファミリーです。今の静かな環境は望めないかもしれません。そう、物理的な騒音に離れている私がですが、実は生活騒音とか子どもの騒音には慣れていないのかも・・・ ヤバいです。

 

ただ、私は昔から学年が変わって新しいクラスになるのがワクワク待ち遠しいタイプの子どもだったので、引っ越したらしばらくはテンション高くいられると思います(笑)

「何もしていない」 「毎日ダラダラ」  と言いながら(笑)

コロナ騒動で仕事を辞めて2年と数か月が過ぎました。

最初の1年は本当に体調不良で毎日がグダグダでしたが、心理学の講座を習うようになってそれまで物置と化していた納戸を「お勉強部屋」にしてから気分がかなり上がってきました。

(本当にお掃除、お片付けって大切だなと実感)

1回目のワクチンを打ってからはかなり気分的にも楽になり、それに合わせて体調もよくなりました。ただ、3回目のワクチンで再び不調になってしまいましたが。

実はいつもここではグダグダとかダラダラ、何もしていないと言いつつ、ちょこちょこそれなりに、動いたりはしていました。

 

中でも最近すごく動きがあったのが家の事。「お引越し」か「建て替え」もしくは 「リフォーム」かという話。

家をどうしたらいいかと言うのはもう何年も何年も頭を悩ませてはいるのですが、結局結論が出ないままでした。

しかし、たまたまスマホを見ていたら実家近くの新築マンションのCMが目に入り、思わず「見学予約」をポチっとしてしまいました。

で、そのサイトを見た翌日には内覧に行ったのですが、初めてマンションなんてのを見たせいなのかモデルルームのセンスが良かったからなのか、もうメッチャ気に入ってしまいました。実家からは3㎞くらいありますが、道路一直線上ですし、懐かしき母校の中学のそばで、要するによくよく見知った場所。問題点は多々ありますが、逆に自分の地元がそれほどいい環境の地区でないので、これくらいのデメリットは織り込み済み。そして中学を卒業してから45年も経っているのにこの地域は本当に「庭」なんですよね。私が一番気に入ったのはJRの駅から徒歩4分、市バスのバス停からは1分かからないと言うところ。このバス停は実家のバス停から3つ目になります。中学まで実家から歩いて20分程度で、多分同じくらいだと思います。

お値段は3LDKで4500万くらい。一つだけ残っていた2LDKが3300万。その時はモデルルームをそのままこのお値段で、と言っていました。(新しいCMでは先着5家族様に100万円相当のオプション設備をプレゼント、になっていた←今日見たら、それもなくなっていた…)

もう舞い上がってしまって「ここに住みたい」「住みたい」「住みたい」とハイテンションで帰ってきました。担当者の人が「今度はご主人にもお会いしたい」と言うので、同じ週の土曜日に予約を入れて、家に帰って「とりあえず、一緒に見に行かない?」と誘ったのですが、夫は「え~」と言うだけ。そう、これがいつもの夫の得意技だったのです。今までも、何を相談しても夫は「わからない」と放置することが多々ありました。私が夫に対して持っていたイラ立ちの根源が今回も発揮された感じです。夫が帰ってくる前に私は娘にパンフレットを見せながら「これが良かった」「あれが良かった」と喜々として説明していました。娘も「お母さんがそんなに気に入ったなんてどんなんだろうね~」って言っていました。で、もうすでに土曜日に予定を入れてくれてたので、夫に「見るだけでも一緒に行って」と言ったのですが、夫は「え~~」の一言のみでその後は何も言いませんでした。私はたぶん娘に一度そのマンションの説明を終えてしまっていたので、もう一度同じテンションで説明する気力はありませんでした。ましてや「え~」の一言で終わらせて他ごとを始めるのを見ては・・・ 夫が他ごとを始めたので私も黙ってテレビを見始めると、娘が切れました。「で、お父さん、土曜日の内覧会をどうするのかちゃんと言ったら!!」と。

その勢いに押されて「今はまだ考える余地がないから行かない」と。「それならそうとハッキリ答えてあげてよ!!」と娘が言いました。確かに私はテンションがマックスで今にも契約してしまいそうな勢いではありましたが(笑) でも、とりあえず、私が何をどう気に入ったのかだけでも見てほしかったのです。結果夫には断れましたが、娘にせめて一緒に見に行ってくれないか、と頼んだらOKしてくれたので二人で土曜日に行ってきました。担当さんにも「夫は乗り気ではないけれど娘が一度見たいと言っている、ただ、土曜日なので他の見学者さんがいるのなら遠慮するのでキャンセルにしてください」という趣旨のメールをしたら「ぜひ、いらしてください」と言う事だったのでとにかくモデルルーム3つだけを簡単に見せてもらってきました。結果として娘は私が気に入った理由もわかってくれたのですが、私はモデルルームの内、気に入っていたのは3LDK、2LDKで4LDKは考えてもいませんでした。でも、娘が一押しだったのは4LDK(実は最上階で一番高い・笑)でした。今の我が家5LDK+納戸で物が溢れかえっているのに、いくら断捨離したところで2LDKで収まるはずがない、と言うのが娘の意見。確かに・・・家に帰って間取りをじっくり見ると、一番広かった4LDKでも我が家の1階全部より狭い・・・

ただ、その後、また別の新築マンション(の、モデルルーム)を見に行ったら私の気に入ったマンションよりはるかに狭く収納も少ないのに1000~2000万も高かったです。『2LDK、3LDK、多数。3980万~ 』とかってうたっていて都心だったので「この値段で買えるの?」とビックリしたのですが、なんてことない3980万はそこには載っていない 1LDKでした。で、モデルルームは2LDKで5480万。さらに70戸くらいの販売に対して駐車場は8台分なんだそうです。しかも駐車料金はかなり高いみたいです。いくらとは言いませんでしたが、「この辺りで他で駐車場を借りるなら月に75000円が相場です」とのこと。 やってらんねー・・・ 他にも再開発中の某マンションがやたら広告が出るのですが、これで懲りて都心は諦めました。

その後、中古マンションを専門に扱う不動産屋さんにも行ったのですが、ここでもアラカンの専業主婦が一人で見に来ているので本気扱いはしてもらえず「とりあえず、説明はしました」くらいでした。ただ、そこは中古一戸建てや家のリフォームも手掛けているとのことだったので、いざとなれば今住んでいる家のリフォームも検討している、と言ったのですが、結局、それ以降、連絡はありません。

私のお気に入りのマンションの担当さんにも結局、夫が乗り気でないことを告げたら「また、良いものがあったらご連絡します」で、いいものが出ないのか(笑)連絡が途切れました。

一方リフォームを視野に「新築そっくりさん」にも資料請求して、かなり時間が経って資料だけは送ってきてメールも定型文の物だけ届いています。 実はケータイの番号も明記したのでそちらにもっとかかってくるのかと思っていたのですがサッパリです。

60歳の専業主婦オバサンの問い合わせは「冷やかし」扱いなのでしょうか?

 

引っ越し、もしくは建て替えを考えるなら、もうリフォームとか手入れはしない方がいいです。でも、実は私が当初から心配しているのは「屋根の重さ」なのです。夫の父が瓦伏せ職人だったため、かなり立派な日本瓦が使ってあるのですが、家のメーカーは、瓦をふせる時に土を使うことを想定していませんでした。しかし、お義父さんからすればそれは受け入れられないことで、黙って勝手に土をたっぷり置いて瓦をふせてしまいました。それを知っているので、大きな地震があるたびに心配になっていました。さらに西側の擁壁にひびが入っているとか、西側に家が傾いていて和室の引き戸があかない状態であったりとか・・・とにかく、家の不具合についてはもう何十年も私が心配して夫に対処を求めてきました。でも、先ほども書いたように夫は今まで自分がわからないことは全て先送り、もしくは私に丸投げだったのです。その間、私がどれほどストレスを抱えて生活していたかなど考えもしません。そう、私が一番嫌だったのは、家の事を筆頭の夫がいつも私に何もかも丸投げで知らん顔をすることでした。

子どもたちの受験、進学を筆頭に話を聞いていないとは言いませんが、何一つ、夫から提案したり、私が投げかけた問題に対処してくれたことなどありません。結局、私が一人で大騒ぎして全部、こなしてきました。その挙句の娘の自殺未遂、摂食障害です。何もかも一人で必死になって空回りした挙句、頑張って頑張ってきたことが結局、家族を追い詰めていた・・・のだと・・・

あの時の虚無感と言うか絶望感を今また思い出してしまいました。

夫は確かになんでも受け入れてくれる、でも決して自分から提案も解決もしてくれないのだ、と。何もしなければいつも私が必死になってこなしてしまっていたから・・・

だから、私がどれほどこの家に不満を持っていてもストレスを感じていても夫にとっては「関係ない」ことなのです。私はこの家を建てたその時からすでに「屋根が重い」ことがストレスになっていました。そして日当たり、公共交通機関からの距離と標高差などなど生活していくうちにどんどん不安や不満が溜まっていきました。

確かに私はネガティブ思考かもしれませんし、家に対してこだわりがあるのかもしれません。

夫なんてこの家にこだわりがあるようにも見えなかったのに、私が自分の住みやすい場所を見つけた、と言っても興味すら示してくれませんでした。初めに「実家の近くにマンションを売り出していたから見に行ってみようかな」と言った時には「いいんじゃない?」と言ってたくせに。

この家を出ることもお義父さんがふせた瓦屋根だからお義父さんの目の黒いうちは触らずに我慢していたのに・・・ 

 

私は何年もそれこそ、この家に住み始めた当初から色々考えて情報を集めて、そしてそのたびに夫に相談してきたのに、結局、夫はどれも「流して」きました。

なので、今回も今までと同じように 流しておしまいで行けると思ったのでしょうか・・・

実は先月、霊視の先生に家のリフォーム引っ越し等について軽く相談していたのですが、その時に「これからの人生、あなたが何に一番価値を置くか、だけ」と言われました。この家が夫の父親が瓦をふせてくれたこと、私がいつか自分の実家に戻りたいもしくは戻らなくちゃいけないと思っていることなどを踏まえた上で、「あなたの人生です」と。

そう、今まで私は「家族のため」とずっと自分の本当の想いを我慢してきたのだと思います。何度も書いていますが、それを家族は単なる私のワガママもしくは自己満足にしか思っていなかったのでしょうが、私は確かに私の意志ではあったけれど、それでも大部分は「我慢」だったのです。霊視の先生のお話を聞いた翌日に大学病院で検査を受けて先生のおっしゃる通り、大きな問題も見つからず、あらためてその先生のお言葉をかみしめていました。そして今住んでいるところの良い点悪い点を書き出して、この場所に住み続けるために必要なこと、そのための経費も計算してみました。その上で私の望む地域へ戻ることへのメリットデメリットも考えていたところへポンッと現れたスマホの広告。「見てみたい!」と即座に思い実行しました。そして、まさにそこは私の「理想」でした。ただネックは金額。そう、もろもろあわせると、一番安いお部屋でも最低でも3500万は見ておかなくてはいけないと思います。その次にいいと思ったものであれば5000万くらい・・・ で、今住んでいる家の査定を現実的にしてもらいました。そう、私は一人で必死に動いていました。結果として、5000万を捻出することはできない事はないけれど厳しい、と判断し、それなら今の場所に住み続けるために、早急に屋根の補修と擁壁の検査をしたいと、これもいくつかの業者に問い合わせをしました。1つは翌日すぐに連絡があり、今仕事が入っているのでGW明けに改めて連絡する、というお返事をもらっています。もう一つは完全無視? さらにもう一つはサイトが東京で全国展開はしている者の地元業者から連絡させます、と言う事でありながらいまだ連絡なし。

ここまで動いてやっと夫が近所の全国展開している工務店に飛び込みで相談に行ったのですが、担当者がいないので、ととりあえず5月3日に下見に来ると言う約束を取り付けました。

夫がその工務店に相談に行った帰り、近所の以前一緒に町内会役員をやっていた人のお宅でリフォームをしているのを見た、と。で、私はその足で現場に急行(笑) なにせ徒歩1分もかかんないんですから。で、そこにいた職人さんではない風のおじさんに、ちょっと話を聞いてほしい、と言うとうちまで見に来てくれました。で、ずっとあちこちに相談しているのに、全然埒が明かないでいる困りごとを説明しました。その方がどの立場かわかりませんが(名刺持っていないと恐縮された) でも、一応の知識はあるのでしょう。私が一番気にしていた擁壁に関しては、おそらくそれほど心配することはない、と。これでどれだけ気持ちが落ち着いたかしれません。

家の傾きや屋根の事についても、しっかり話を聞いてくれ、とりあえず喫緊の屋根については専門の職人とまた来ます、と言って帰りました。それが先週金曜日の事です。

 

連絡がない、と怒っていた私ですが、なんとスマホの音が切ってあったせいでいくつか着信に気づいていませんでした。留守電に入っていたものは「またご連絡します」なのですが、それにも気づいていなかった・・・ これは私がアウトですね。イエ電は今は「迷惑電話防止設定」がしてあり、自分で掛けてもタイミングによっては繋がりません(笑) ご連絡いただいているのかも・・・

 

私の悪い癖で、ムキになり過ぎてあれこれ同時にやり過ぎてるせいでしょうね・・・

そう、マンションの下見に行ってから、とりあえずやらなくちゃいけないのは「断捨離」とお片付け、と言う事でお片付けをチマチマやっているのですが、とにかく物が多すぎて・・・

特に非常勤講師をしてた時に作った資料は捨てるに捨てられない・・・で、スキャナーを買いました(笑)

これで20年分の資料を頑張って電子化している最中です。地道に。

 

って、ことで「何もしていない」と言いつつ、ちゃんと書き出してみれば、色々頑張ってるなワタシ(笑)

 

あ、お気に入りの新築マンションは諦めてリフォームの方に舵を切ったのですが、でも、やっぱり心に引っかかっている・・・

と言う事で、今月 またラッキーにも霊視の先生の鑑定会に行けたので聞いてきました。

そしたら「あるかないかで言えば『ある』です」と。金銭面で悩んでいる、と言ったら、「それも含めての『ある』なので、それを買ったとして、将来的にそれを手放さなくてはならなくなるような状況にはならず住み続けることができる」と言う事でした。

で、ちょっとまた「そのマンション欲しい!」が再燃してしまいました(笑)

で、その感情をどうすればいいかと言うのに対して先生が下さったアドバイスは「期限を区切ってその感情を頭で考えたことで納めるようにしてみる」と言う事でした。冷静に考えて、とにかく感情ではなく頭を使って考えて、それで納得すればOKだけれど、それでも感情が抑えきれなかったら、今回私の場合はその感情に従ってOKと言う事でした。(そもそもが『ある』と言うのが前提だから、と言う事)

 

で、私は6月末までと言う期限を決めて考えてみようと思っています。

 

 

悩ましい・・・

2度目の大学病院へ行き、また一つ検査をしました。ハッキリ言ってこれも地元の中核病院でやったのと同じでした。ただ、地元の病院では特に問題はないと言われていたのですが、今回は右の網膜の機能が落ちている、とのことでした。左も多少悪いそうですが、老化の範囲内に収まるくらいだそうです。悪い方の右も「普通の人なら気が付かない程度」と言う事で、この先良くなることはないけれど急激に悪くなることもないだろう、とのことでした。で、「様子見」と言う事でまた6月に予約を入れて帰ってきました。予約時間12時半の所、12時10分に着いて受付をして会計を済ませたのが3時過ぎでした。で、会計済ませて帰ろうとしたところでふと「血液検査の結果貰ってなかったな」と気が付き、眼科に戻って受付の人に聞いたら、くれと言わなければ渡してくれないみたいです。今まで、どこのお医者さんに行っても血液検査をすれば、その結果表はもらえていました。と言うか、それを見ながら先生が説明してくれていた気がします。私はそれらのデータを全部取っておいてあるので、比較のためにもほしかったので、出してもらいました。だって血液14本も取られて、いったい何を検査したのか気になると思いませんか?

で、尿検査の分を合わせて4枚の表をもらったのですが、「血液検査に問題はない」との話でしたが、検査項目が121の内、H(基準より高い)が12個ありました。確かに基準より高いと言っても少々はみ出ている程度の物がほとんどでしたが、2つほど???と思うものがありました。一つには「再検済」と書いてありました。あ、もうひとつHマークはついていないものの基準値の倍くらいある物があって、これには「確認済」と書いてありました。

で、Hマークがあって気になったのが「サイトメガロウイルスIgG」と言うもので基準上限値が「6」に対して「250.0超過」と書いてあったのです。ほかにHがついていた尿酸とか総カルシウムとかを見て、これはもしかしたらダイエット目的のスムージーオートミールプロテイン粉末、青汁粉末、ヨーグルト、豆乳、オリゴ糖)&サプリメント(VB群、マルチミネラル、VD、VC、ブルーベリー)を律儀に毎日摂っていたせいかな、と思い当たるので、ちょっと食事を考えることにします。

しかし、サイトメガロウイルスは初耳だったのでちょっとググってみたら、妊婦さんにとっては問題のある数値のようでした。

「国立感染研究所」には「通常、幼小児期に不顕性感染の形で感染し、生涯その宿主に潜伏感染し、免疫抑制状態下で再活性化し、種々の病態を引き起こす。このウ イルスが感染症を発症するのは主に胎児(一部は先天性CMV 感染症患児として出生)、未熟児、移植後、AIDS患者、先天性免疫不全患者などであるが、免疫学的に正常であっても肝炎や伝染性単核症などを発症する場 合があり、注意を要する。」

理解力がないので間違っているかもしれませんが、元々私も子供の頃に感染して持っていた可能性があり、今回免疫が落ちていることで再活性化した、ってことなのかな?

文章を読むのが苦手なので斜め読みをしたときにチラッと「網膜炎」 「腸炎」と言う言葉が引っ掛かりました。これのせいで、網膜がやられてるってことないの?と。さらに、先月、地元の病院を受診するときも「軟便が続く」って訴えた覚えもあります(今は治まっている) 

他にも肝機能がどうとか肺炎がどうとか書かれていましたが、私はコロナ直前に肺炎にかかったことがここ数年胃潰瘍以外では最大の病気だったので気になっていたし、父は肝硬変で亡くなっているので結構、肝臓と聞くと神経質になってしまいます。

まあ、でも、一応先生が「特に問題はない」と言っていたし、何より霊視の先生が「人生に係わるような大きな病気もケガもない」とおっしゃってくださっているので、とりあえず私の「目が見えにくい」という訴えにちゃんと「根拠があった」と言う事だけが確認できたことを「良し」とすることにします。

メガネの話

私は中学1年の時に初めてメガネを掛けました。

と言っても正直なことを言えば、その当時はそれほど目が悪いわけではありませんでした。

思春期の頃って、ちょっと違う自分に憧れることがありますよね?

で、私も眼鏡で変身できるとでも思ったのでしょうか。ちょっと眼鏡を掛けてみたいと思ったのがきっかけだったと思います。

で、ちょっとだけ視力が落ちた時に、逆に大騒ぎして、すぐにメガネを勧めると言う眼科へ行き、眼鏡を作ることになりました。

当時の私は経済観念なんてものは皆無だったし、家は自営業だったので割とお金は自由に出してくれていました。(高3の時、前歯の差し歯に10万かかったけど親は黙って受け入れてくれた) 父も母も視力がとてもよかったので、母は「うちの家系に目が悪い人はいない」と言っていたのですが、父の弟が目が悪かったので、割とすんなり受け入れてもらいました。

 その、芽が悪くなる直前のエピソードで思い出したのが中1の時の授業。当時私は一番後ろの席で、野球部のI君と並んでいました。当時の机は今のように一人机ではなく、二人用の一枚机でした。よく、その木の机の真ん中に境界線がカッターで刻まれていたり、結構、隣が気になる作りです(笑) I君は丸刈りでちょっとコワモテで、勉強もできないしノートも取らないような子だったので隣同士の席になった時には委縮して全くしゃべることもできませんでした。しかし、一番後ろの席なので黒板の文字がはっきり見えず困っていると、そのI君が自分のノートを取って私に見せてくれるようになりました。その時の「なんか、こんな風な感じ・・・」と怪しげな漢字を一生懸命書き写してくれたりしてちょっと感動しました。後に、別のクラスの彼の仲間の野球部の子が「Iってお前の事が好きなんだって」と言ってきたことがあって、そもそもその同じ野球部の子の事すら知らなかった私はビックリして逃げて来たことがあります。当時私はH君と言う子が好きでした。と言うか、仲間内で「クラスのベスト5」(SNK?H)なんて男の子の順位を決めていた時に、圧倒的人気だったS君を1位にしないで5番人気だったH君を一番に挙げたせいで「コンケロはH君が好き!」という噂になって広まってしまいました。それがちょうど、I君が私の事を気に入っている、と言われたころの事でした。実際には私はI君からは何も言われていなかったし、H君はいわゆるカワイイ系でうちのクラスでは5番人気でしたが(笑) 他のクラスの元々同じ小学校から来た子たちからは相当人気があったようで、妬みとやっかみで逆に「違う」と言えないような状態になりました。H君は誰が好きとも嫌いとも言わない子でしたので、私はモテモテのH君にけなげに恋するカタブツ女、みたいな位置づけになりました。なんだか今からすれば笑っちゃうようなお子ちゃまな世界ですが、当時はそれなりに悩みました。私は「真面目でおとなしく頭のいい子」と言うキャラでした。なので、その真面目女が 女の子のようにカワイイH君にゾッコン、と言うのが面白かったのでしょう。H君は本当に昔からの私の好みの容姿としてはドストレートでした。でも、人間性に関してはどうかな~?と言う感じでした。一方、I君はコワモテで丸刈りで、壊滅的にお勉強ができない(笑) 私はやっぱり、自分より頭のいい男の子が好きでした。ベスト5で言えばS君とN君なのですが、容姿がアウトオブ眼中でした。でもS君は頭がいい上にお金持ちで性格も良かったので、人気があるのは素直にわかりました。私は真面目なのになぜか派手な女子グループに紛れ込んでいたので、このベスト5を交えてよく遊びに行っていました。我が家にも何度かこの総勢10人ぐらいのグループで遊びに来たことがあります。その中でS君はうちの親が働いている姿をじっと興味深く見ていたりして、親が「危ないし汚いから近寄らない方がいいよ」と言った時に「とてもすごいお仕事だと思います」って言ってくれた時にさすがにキュンとしました。本当にすごくいい子で、高校も県下トップの所へうちの中学からは2人だけ進学しました。そう言えば、また話が派生しますが、そのトップの高校に行ったもう一人は中2の時に同じクラスだったA君なのですが、彼はハッキリ言ってかなりハンサムで、生徒会長もしていました。そして、彼もメッチャ、性格が良かったです。中2の時、私はクラスの女子に一人も仲のいい子がいなくて、いつも隣のクラスの小学校からの友人のIちゃんとつるんでいたのですが、どうしてもクラス単位で動かなくてはいけない時はあぶれてしまっていました。そんな私にもすごく気を使ってくれてさりげなく、クラスの女子に溶け込むようにしてくれました。今から思うと信じられないくらいの洞察力と言うかコミュニケーション能力だったと思います。彼が生徒会長に立候補した時にはマジでファンクラブのようなものができてました。(圧倒的に下級生女子から人気があった) 中2のクラスは新卒の男性教師が担任で、この先生がまあ、トラブルばかり起こして今でいうなら学級崩壊寸前のクラスでしたが、A君がなんとかギリギリ クラスをつなぎとめてくれていたように思います。懐かしいなぁ・・・

さて、もう一度中1の時に戻りますが、私はI君は苦手なタイプでしたが、わからない漢字を私のために必死になって書き写してくれるやさしさや、野球部のゼッケンを自分で一生懸命縫い付けている姿(坊主頭の髪に針をスッスとこすっている姿が笑えた。普通は髪の毛の油で針の通りを良くするためのしぐさ) とかにちょっとだけときめいたりしてました。

何しろ、当時から私は「まじめ」だけが取り柄のおデブ女でしたので男の子から好意を示されたのは初めてでした。正直、もう二度とないかも、とか思っていたのですが、水泳部の3年の変な先輩にやたら気に入られて閉口することになりました(笑) で、おかしな言い方ですが「妥協はしてはいけない」とも学んだわけです。それでも、誰かと誰かが付き合っている、なんて言葉を聞くと憧れるのは思春期の乙女なのであったように思います。いずれにしても甘酸っぱい思い出ではあります。

さて、中1で眼鏡をかけるようにはなりましたが、当時は授業中だけでした。高校に入ると銀ブチメガネが流行りました。私も例にもれず銀ブチメガネでした。今から思い出すと恥ずかしいような鼻の上が2本になっているティアドロップ型。フォークソンググループがかけてるような奴です(笑) これで大学の時に「手入れが楽な頭でお願いします」って言ったら「アフロ」にされて昔の鶴瓶さんみたいなカッコをしていました。これはもう黒歴史(爆)

今思えば、その頃に旦那さんとも大好きだったW君とも出会って付き合うところまで行ったのですからよくわかりません。その後は中森明菜みたいな髪型が流行って、私もそんな風なスタイルでした。昔の写真を見て一番イケてたのは(笑)この頃だけです。あ、笑い話のつもりで書いたけど大好きだったW君と別れてバッサリ髪を切って、以来私は人生の大半は

「くるよちゃん」ヘア(今いくよくるよのおデブな方)です。妹には「おにぎりにノリ」って言われてましたが・・・ 保険のオバサンをしていたころはソバージュが流行っていたのでしていたことがありますが、満員電車の中で「なにこの髪、邪魔くさい!!」と見知らぬオバサンに髪をひっつかまれて以来、やめました・・・・・・ これも嫌な思い出かも・・・ そんなこんなで結局、手入れのいらない超ショートですごしています。

メガネの話から髪型に移行してしまいましたが、おデブな私はさらにおデブに拍車がかかり、着る物にしてもとりあえずサイズが合えば何でもいい、くらいの興味しかありませんでした。さすがに保険のオバサンをしていた時は職域開発室と言う部署だったのでスーツを着ることが多かったのですが、それ以外は本当にダラ~とした恰好しかしていませんでした。その後、高校の非常勤講師をしていましたが、まあ普通のワンマイルウェアみたいなので過ごしていました。この頃にはメガネは車を運転するときだけは必須で後はつけたりつけなかったり・・・

しかし、ある時、生徒の一人が「先生、眼鏡をしてない方が老けて見えるよ」と。その一言から私はメガネを常につけるようになりました(笑) 人目も何も気にしない、と言っていたくせに、そんな生徒の一言が気になるとは! いや、でもその頃は「老けて見える」がかなり恐怖だったように思います。あれからもう25年以上が過ぎましたが、今は本当にメガネなしでは生活できなくなりました。しかし40歳ごろから始まった老眼がやっかいです。まだ老眼鏡は持っていませんが、近眼で老眼と言うのはメガネをしている者にとってはかなり厄介です。もうこの20年、ピアノもお琴も譜面が見れなくてできないでいます。娘が3歳の時に母がピアノを買ってくれたのですが家の前がピアノの先生でレッスンをお願いしたら、小学校に上がったくらいでないと嫌だと言われ(笑) じゃ、せっかくだから、と娘が習えるようになるまで私がピアノを習うことになりました。私は小学校5年から中学くらいまで習っていました。お隣の先生によると私が習っていた先生はキチンとしていてよかった、と。下手な音楽教室なんかで習っているとグチャグチャの自己流もどきになるそうですが、基本はしっかりできている、とのことでした。で、気を良くして通っていたのですが、この先生はやたら「暗譜」を求めて、それがまあ、頭の固い私には至難の業でした。3年足らずで娘にバトンタッチをして娘は小学校~中学2年まで習いましたが、暗譜をすらすらする姿にうらやましいなあと思いました。特に今のように楽譜と鍵盤を両方見れない状態になると私もしっかり暗譜をしていれば、今でも少しくらいは知ってる曲を弾けたかも、と・・・ 数年前にはなんとか腱鞘炎を経ても暗譜でギリギリ弾けていた「白い恋人たち」が腕の老化?も相まって技術では弾けないし楽譜がないと弾けないし・・・と言う状況です。

毎年3月に調律に来てくれる方に「たまには弾いてあげてくださいね」と言われて、暇に任せてピアノの前に座ったものの、「見えない!!」で挫折してしまっています。

メガネを付けても付けなくても見えない・・・ イライラするからメガネなんてしたくない! と言ってもすでにメガネなしでは物が見にくい状態でさらにコロナワクチンの影響?で悪化している気もしているし・・・

それよりも鏡をのぞき込むと、やっぱりメガネがない方が老けて見えるんです。25年も前に生徒に指摘されたとおり。そしてそれが加速して・・・ さらに最近はマスクをするのでごまかせていますが、マスクが必要なくなったら老け度が増しそうに感じます。

メガネとマスクで顔を覆い隠さなければ外を歩けないくらいに思っています(笑)

 

 

ムキになる性格(笑)

ここ数年、夏野菜を栽培しています。いつもは苗を買うのですが、一昨年、一部、種を買ってうまくいったので去年は普段苗を買っているナス、キュウリ、ピーマンも種を買ってみました。

しかし、種を蒔く時期が遅すぎたせいで、ナスなどは8月9月になってやっと大きくなったと思ったらほとんど実が育たず終わってしまいました。

なので、今年は3月半ばから種を買って蒔いたのですが、寒かったせいかちっとも芽が出ず、ここ2~3日でやっとキュウリだけ出てきました。あと、おそらくピーマンらしきものが出て来たな、と思っていたら、やはりやられました、ナメクジに! そう、去年もナメクジに苦労したのです。いろいろな種類のナメクジ退治薬を買ってみましたが、やはり食べるものの周りに置きたくないので、少し効果の低い?天然系の物をプランターの外に撒いたりしていました。しかし、双葉が出たな、と思ったら翌朝には棒になっている・・・の繰り返しでした。なので、今年も苗箱をあちらにずらしこちらにずらし試行錯誤しているのですが、今の段階で一袋蒔いたピーマンで残っているのは2個、キュウリは5~6個出ていますが、明らかにナメクジに食べられています。普段、夏野菜の苗で買ってくるのは、キュウリ、ナス、ピーマンが2株ずつ(たまに大嫌いなミニトマト1株)なので、一袋の種が全部出てしまったら逆に困ってしまうのは確かなのですが(笑)

家庭菜園を楽しむはずだったのに種まきをしてストレス満載(笑)

さらに、プランターの土を再利用するために掘り起こして振るって、土質改良剤を混ぜて・・・を大きな野菜プランター4個分一人で異常な暑さの中でやっていました。そしたら、西側の家のおじさんが声を掛けてきました。我が家のストックヤードとお隣の家の隙間に鳥が落としたであろう種から芽が出た木が大きくなってこれに虫がついて迷惑しているから切ってくれ、と。西側のお隣は我が家より2mくらい低く、うちの1階がお隣の2階のベランダのやや下になるくらいです。そして、我が家は西側との境が90cm位ありますが、お隣はほんの数十㎝に迫っています。おそらく和室に当たる部分の窓の真上に問題の木はあります。困ったことに我が家のバックヤードの波板とブロックの間の10cmあるかないかの隙間に問題の木は生えていて、何年か前に言われるまで、そんな木が生えているなんて気が付きもしませんでした。で、数年前に枝を払っていたのですが、それがまた大きくなっている、と。全く気が付かなかったのでそこは平謝りして木を切ろうと思ったのですが、我が家のストックヤード(全長3,6mくらい?)のちょうど真ん中あたりで2mはゆうにあります。お隣の家との境にあるフェンスをよじ登らないと届かないし、気は結構太くなっていて狭いフェンスの間からのこぎりを使わないと無理そうです。土日になったら夫に頼むか、と思ったのですが・・・ ここでついムキになる性格が・・・ ストックヤードの地面すれすれにある波板の下を掘り起こし、そこから鋸で木の根元から切った方が良いのでは? と思いつきました。そして、それを実行したのですが、まずストックヤードなので不用品があれこれ押し込まれていてこれを片付けるのに四苦八苦。穴を掘るのに四苦八苦。そして何より、生木を狭い穴から切ると言うのが半端ない大変さで・・・  なんだかんだで1時間近く格闘して、それでも伐採に成功しました。この段階で腕がパンパンになっていたのですが、プランターの土の改良がまだ途中だったので、それを続けました。この時ウッカリしていたのですが、最初は帽子をかぶってやっていたのですが、ストックヤードでの作業の時に帽子を取ってそのままそこに放置してきたことを忘れていました。(次の日が雨予報だったので、何としてもその日中にやりたかったのでムキになりました) なんとか終わって家に入って鏡を見たら・・・しょえええええ~~~、顔が真っ赤に腫れ上がっていました。つい前日に、「急な温度上昇で紫外線対策に気を付けて」とテレビでやっていたのを見て、「紫外線アレルギー」で腫れ上がった女性の顔を見たところだったのに、その女性と同じような状態になっていました・・・ 愕然・・・

 さらに、遅くなったお昼ご飯(作業は朝8時前~13時くらいまでしていた)を食べようとお箸を持ったら、と言うか持とうと思ったら、手がつってしまってお箸が持てません。右手も左手も力を入れると動かないし、腰は痛いし膝は痛いし・・・ ああああ! のたうち回りました。さらに追い打ちをかけて、その日、本のスキャンを依頼していて、郵便局に持っていく本が一箱ありました。ざっと量ってみたら16kg・・・ 集荷依頼すればよかったのかもしれませんが、ケチ精神が働いて自力で持っていくことにしていました。とりあえず、家から車に入れるまでは良かったのですが、郵便局について駐車場から局内へ運ぶのにこれまた四苦八苦。なんとか伝票を書く台に持って行った段階でペンが握れず伝票も書けない・・・ 何度も何度も片手で片手をニギニギしてやっと書いた伝票を貼り付け段ボールを運ぼうとしても持てない・・・(涙)

結局、郵便局に着いてから30分程度悪戦苦闘して出してきました。しかし、車を運転しようとしたらハンドルを握るのも一苦労・・・ あああああ! なんておバカなの私!!

それでもなんとか家に帰って寝ころんだら、とにかく腰が痛い痛い痛い・・・さらに、よくよく考えるとかなり水分不足だったのだと思います。朝作業を始めてお昼ご飯を食べるまで一切水を飲んでいませんでした。気温は6月下旬並みとか言っていたのに、ホント一歩間違えばトコロさんのような熱中症だったかもしれません・・・

 

そんなこんなだったので、晩御飯は前々日に作って残っていた春巻きと前日の残りの厚揚げのステーキに出来合いのシュウマイをメインにし、あとは元々作る予定だったポトフをホットクック

で用意し、娘がもらってきた分葱を茹でて、ポトフに使った蕪の葉っぱを茹でて炒めてふりかけ風にしておきました。あとはいつもはせん切りで作るきんぴらごぼうを大きめの斜め切りで作りました。

娘が5時40分~6時くらいに帰るので、いつも晩御飯は6時で、二人で食べます。夫は最近はちょっと早くなって7時~7時20分の間に帰って一人別で食べます。ストーブが必要な時期にリビングで食べるようになって今も続いています。ちょっと前からおかずは一人盛りにするようにしていましたが、基本今までは大皿盛でした。ここ最近は土日担当の娘や夫も大皿盛が多かったので、昨日もそうしました。夫の帰るメールが来ると、それに合わせて取り分けておいた夫の料理をレンチンします。

昨日はとにかく腕が痛くて、いつも夜寝る前に娘にマッサージをしてもらっているのですが、状況を知った娘は昨日は会社から帰ってすぐ、私の腕と足をマッサージしてくれました。食後の洗い物もすべて任せて私は転がっていました。

そして夫が帰ってくる予定時間(ラインの帰るコール)に合わせてに私はポトフを温めなおし、ご飯をチンして、その後にメインをレンジに入れたところで夫が帰ってきました。後は本人にお任せ、とリビングに戻り、ゴロゴロしてました。夫は一人で食事をしていました。

私は完璧、グタっていましたが、その日やったことは一通り娘に話した後だったので、グタっている理由を夫には話していませんでした。夫からすれば、大黒柱さまが帰ってきたのにグダグダしている嫁に見えたのかも知れません。でも、特に何も言う事はありませんでした。

なので私にも色々、反省するところはあると思うのですが

 

私が無性に腹を立てているのは今朝の事。

私はいつも娘のお弁当を作るために5時~5時半に起きます。夫は6時に起きて6時半に家を出るので、この時間帯に夫とバッティングしたくないのでうっかり寝過ごして6時過ぎに起きたときは夫が家を出てから起きてきて弁当を作るくらい徹底しています。

で、今朝ほど、5時に起きて電子レンジを開けたら・・・ 昨日私がセットしておいた「メイン料理」がラップしたまま入っていました。

そう、昨日のまんまだったのです。唖然・・・ 確かに夫にレンジに入っているよと声を掛けなかった事、何を食べていたか見ていなかった私が悪いです。

でも、メイン料理がなかったら普通は気が付きませんか?

我が家の晩御飯が、ポトフと野菜の総菜2~3品なんてことが今までにあって? こんなショボい食事を「ごめん、今日は何もなくて」の一言も言わずに出したことがあって? いや、そもそも前にも一度、夫がご飯を食べ終わったところでメインがレンジに入ったままだったことに気が付いてブチ切れて同じセリフを言ったことがあったのに!

確かにうちの夫は世間的には料理が少なくても文句を言わず、家がごちゃごちゃになっていても一言の文句も言わない仏様のような人に見えるでしょう。でも! それでも、私は食事作りにだけは結婚当初から何十年も一貫してこだわっています。ある意味、私にとってのプライドです。どれだけの労力を使っているか夫が理解してくれていないので朝ご飯を作るのを辞めたし、日曜日に晩御飯を担当してもらうようになりました。少しは私の大変さ、食へのこだわりをわかってくれたのでは?と期待したのだけれど、やっぱり夫にとって食事なんてその程度の物なのでしょうか・・・ 大げさと言えば大げさかもしれませんが、この価値観の相違はもう我慢できないくらい大きなものになっています。そう、熟年離婚、と言う言葉が頭をよぎるくらいに・・・

 

実は最近、いろいろあって断捨離断行中です。その一環で、我が家でとんでもなく場所を占めている本の片づけを始めたところです。

いつも冗談で我が家にある物の8割は私の物で、そのうちの9割は何年も使ったことのない物、と言っています。なので、断捨離!と騒ぐのは私だけで、たとえその断捨離が成功しても失敗しても家族にとっては今の状態が我慢できるなら痛くも痒くもないのでしょう・・・

なんだか、あれもこれも全てにおいて私一人が空回りしています。

 

腕も足も腰も痛くて疲れ切っても何もかも自業自得。その自業自得に家族を巻き込んだ私が悪いだけのことかもしれません。

でも、やっぱり、ずっとずっとくすぶっていた私の中の「自由でありたい子ども」の私が今はっきりと見えています。

 

しんどいです。

なんてこった…

1週間ほど前から普段使っているデスクトップのPCを点検に出しています。予定では今日メンテナンス終了で、仕事帰りに夫が受け取ってくるそうです。

もうずいぶん古いので色々、点検と言うかスペックUPしてもらったそうですが、結局は私のネットサーフィンぐらいにしか使われていません。

しかし、そのPCのメンテナンス?を会員になると安くもしくは無料で受けられるとかって言われて3~4年前に5年間で15万円程度の会費を払って入会しました。確か、その時はPCの調子が悪くて直すとしたら6~7万掛かると言われ、それだったら、と入ったような気がするのですが、今回その特典の無料点検を受けたのですが(そこにはちゃんとメンテナンス料は部品代も含めて無料と書いてあった) もっといいサービスができたそうで、それに乗り換えろ、と。

で、前の会費の残り期間2年分を差し引いて新たに5年契約で追加17万ほどでその会員になったのだそうです。今まで容量がいっぱいで、データをどうやって移せばいいのかと言う問題もなくなり、速度も速くなるそうなのですが… 3年前に15万(だったと思う)で今回5年分17万・・・つまり8年分で32万、1年にすると4万・・・ う~~ん、これって安いの? お得なの? 

珍しく夫が一人でPC屋さんに行って一人で考えて契約してきたことなので、正直私はそもそもPCなど門外漢なのでもう、関知せず・・・ってことにしておきます。

実は今使っているこのノートパソコンは、1階にあるデスクトップでは使い勝手が悪いので娘に選んでもらって中古で買いました。中古なのでカメラ内蔵ではなく、主にZoomを利用する私としてはやや使い勝手が悪いです。(デスクトップの方もカメラなし)今までも何度もフリーズしてました。PCが悪いのか、外付けのカメラが悪いのかよくわかりませんでした。

そうこうしているうちに娘がZoomの講座を受けることになり、貸してほしい、と言われて貸し出したらほぼほぼ占有されることとなりました。(娘もノートPCを持っていますがかなり古い)

私としては寒い時も2階のベッドの中でPCできる、と喜んでいたのに娘に持っていかれて、しかたなく1階のリビングにあるデスクトップを使っていたわけです。

で、この状況でデスクトップの点検・・・(4月11日まで、と言う期間があった)

私は8日と10日に講座を受ける予定もあったし、どうする? と言って騒いでいたら結局娘が自分に新しいノートPCを買うので、これを返す、と言って無事、収まりました。

で、めでたくこのノートPCを使うことができるようになったわけです。

しかし、このPCは補助で使っていたのでデスクトップにおいてある機能が使えず、なかなか不便です。とりあえずは「家計簿」 この1週間余りのレシートがたまりにたまっていて記入するのがうんざりです(笑)

あとはキーボードが使いにくくてイラっとしますが、ノートPCは私だけの机の上に置いてあるので作業をするときは必要なものがすぐに取り出せるのでありがたいです。でもプリンターが接続されていないので、今作ったものはデスクトップのPCが戻って来るまで印刷待ちです。ほかにもあれこれ細かな不具合が生じていますが、とりあえず、今日PCが戻ってくれば安泰・・・と信じたいです。

 

そんなこんなで、普段とは違う生活を余儀なくされているのですが、昨日の朝、テレビが突然真っ黒になりました。音声は聞こえていたので、テレビ局側の不具合か、と思っていたのですが、一向にお詫びが入りません。チャンネルを変えても真っ暗・・・

そう、音声もリモコン機能も生きていて画面だけが真っ黒・・・ ああ、これは液晶の寿命かも・・・ととりあえず、テレビを外してみたら 2009年製、と書かれていました。で、2階には息子が使っていた1階と同じ大きさのテレビがあるのですが、これを下に持っていくのは大変なので、私の部屋にある19型くらいのテレビを持って行って接続したらちゃんとつながりました。ところがブルーレイレコーダーに繋がらない……小型テレビは2009年製の古いものですが、ほぼほぼ使っていませんでした。ブルーレイレコーダーはまだ3~4年前に買ったものなのでまだ寿命ではない…なので、繋がるはず! と必死になって取説探して悪戦苦闘。うちはケーブルテレビでつながっているので、その説明書も出して リビングボードの中に納まっているので配線を確認するのが四苦八苦なのです。(家を建てたときに義母が新築祝いで買ってくれたもの、当時はテレビが小さかったのでテレビ置き部分が狭く、今の型だったら最大43型までしか置けない)テレビボードの下の部分に昔で言うビデオデッキが置けるようになっているのですが、配線はリビングボードの裏から通して出す、みたいな感じでもうメッチャ大変でした。普段使っていないから埃の量も半端ないし・・・ で、大騒ぎして感じたのは昔の機械ってなんでこんなに配線が面倒なんだろう、ってこと。ブルーレイレコーダーだけは新しかったのですが、裏の配電盤?には「テレビにつなぐ」って書かれていました。そう、HDMI端子一つをテレビにつなげればオッケーなんです。ただ、それをやってもテレビに反映されなかったのですが、取説を読んでいて「対応しているHDMIケーブルをご利用ください」と書いてあったので、それかも、と思っていました。結局、ケーブルからブルーレイに繋がっているので、録画予約しているものは問題なく撮れているようなので娘が返ってくるのを待ちました。で、今日一日やったことを説明して、娘が新しいPC   ように買っておいたHDMIテーブルに取り替えたらあっさり繋がりました(笑)

なんだかな~

私ってやっぱり思い切りが悪いというかとっとと諦めておけば無駄な時間を過ごさないで済んだのに・・・と思った次第です。

それでもすぐに電気屋さんを呼んで失笑?と無駄なお金を使わないで済んだだけはマシか・・・

さて、そうしてとりあえずリビングのテレビは見れるようになったものの、とにかく小さい。昔はこれが普通だったのになぁ、と夫とは感無量?なのですが

実はテレビはちょうど43型でこのリビングボードに納まりそうなのがもう1台あります。2007年製で息子が主にゲームをするのに使っていた43型で、ちょうど今のリビングボードに納まります。でも、私としては一人でバタバタしたのでもう今更、それを持ってくるのは面倒だし、今まで使っていたものより古いし…

じゃ、新しいのを買うのか?と言われても、リビングボードがある限り43型より小さいものしか買えないし。

今、視力が悪くなって大学病院まで通っている身としては正直言えば、これから買うのであればもっと大きなものにしてほしいです。そのサイズでも昔の半額くらいで買えし・・・ 何度も書いていますが昔は家電ってめっちゃ高かったです。私は嫁入りの時、すべて親がかりでやる地域に住んでいましたが、下に妹二人もいるし申し訳なかったし、妹たちに模範を示そうと学生でしたが電化製品だけは全部、自分でお金を出しました。なので当時の家電の値段はよく覚えています。21型のテレビで21万でした。(一番高かったのはクーラーで30万。あと冷蔵庫と洗濯機と洗濯乾燥機、オーブンレンジで

トータル100万は軽く超えていました。夫の家からの中見舞いで掃除機をもらっており、夫がビデオデッキを結婚前に買っていたので少し抑えられた)そんな時代からすればクーラーが10万ちょい、テレビだって10万あれば買えるみたいなので驚きです。ただ普段からドケチの私ですが、家電製品だけはこだわりがあって、何が何でも国産メーカーでなければ嫌です。実家で取引があったのが東芝のお店だったので私の嫁入り道具も全部東芝でした。でも、大学のお友達はお嬢様が多かったのでナショナル、だったんですよね(笑) 当時はナショナルが一番高級で、続いて東芝だったような。国産でもサンヨー、シャープの製品を買うのは恥ずかしい、くらいの感覚でした。

どうも、その時に刷り込まれた感覚が抜けず、今や国内メーカーと言うだけで製造は外国なんだ、とわかっていても大物はPanasonicTOSHIBA、を優先し、シャープ(いまや海外だけど)、三菱以外は選択肢に入れません。(オーディオ系はSONY、Victor、パイオニアで、ソニーが失速するまでは何が何でもソニーだった気がします)

それでも、最近は小物は値段を優先してアイリスオーヤマとか買ったりしていますが(笑)

 

さて、このまま小型ですごすか、息子の部屋のテレビを下に持ってくるか…

息子の部屋を今は夫が使っていますが、定年退職をして会社の荷物を持ってくるとしたらどこに置けばいい?と聞いてきました。その部屋に置けばいいでしょ! って言ったけど、確かに43型のテレビが置いてあるので結構手狭です。これを片付ければすっきりするかもしれません。実は今まで、息子が帰省してきたらそのまま、この部屋を使えるようにしていたので息子のベッドも机もテレビも置いてありましたが、最近は帰省してもほんの数時間いるだけでお嫁さんのところに行ってしまいます。それなのに、いつも息子が帰ってくると言うと部屋を整え、明け渡して準備をして大わらわでした。

(そしてすぐに帰って行く姿を見てさみしく失望する悲しい母・泣笑)

 

これもまた断捨離の第一歩なのかな?

今は新しいものを買うのは控えようと真剣に思っています。

怖い先生が優しい2

以前にもこのタイトルで書いたような気がするので「2」で(笑)

久々に怖い先生の整体へ行ってきました。3月の終わり、今年は梅を見に行きそびれてしまった、と慌てて近所の森林公園へ行ってきました。長い間、家にこもりっきりだったので、行き帰りは自転車で。

歩き始めはとてもさわやかで気持ちよかったのですが、いつも履いている靴がちょっと冬っぽかったので、長らく履いていない靴を使ったのが間違いでした。梅園にたどり着いた頃にはもう、足が変な痛みを感じていました。靴の中で足の指が縮こまっている感じです。しかし、私の入った入り口からしたら一番奥の梅園なので、戻るには同じ距離を歩くしかありません。なんとか足を引きずりながら戻り、残り時間にして5分程度となったところで、踵を踏んで歩けば楽になると気づきました。しかし、結局、足と言うより足指、足先が痛い、と言う感じで1時間くらいは歩いていました。

そして、その後、古傷の右膝が痛み始め、かばったせいか股関節も痛み、腰も痛み・・・それをなんとか我慢していたのですが、ついに我慢しきれなくなって怖い先生のもとへ・・・

月曜でしたが、小学生くらいの男の子とそのお父さんらしい人がちょうど帰るところでした。お父さんがめっちゃ感激?して膝につかんばかりに頭を下げて帰っていきました。きっと初めての人なんでしょうね。そう、怖い先生はよそで見放された(たぶん)患者さんが得意なんです。私も最初の五十肩の時には大感激でしたし(笑)

おととしの10月からの五十肩は去年の正月過ぎ?から結構時間がかかってしまったので、ちょっとさぼったりしていましたが、今はなんとか普通に生活できるようになっています。(コロナワクチン3回目のおかげ?)

この五十肩の治療が思ったより長引いてしまったせいで、めんどくさくなり、しばらく足を運んでいませんでした。先週の土曜日には足と言うか股関節の痛みがもう、どうにも耐えられなくなり娘に「足をきゅっと引っ張って!!」とお願いしていたのですが拒否され「怖い先生の所へ行っておいで!」と言われても「土曜日はこんでそうだからメンドクサイ」と拒否して結局土日は「痛い痛い」と言いながら過ごしました。

そして月曜、やっぱりもう駄目だ、と言うことで出向いたわけです。

で、先にやってもらっていた男の子が帰った後は私一人でした。先生は相変わらず「体にいいとか健康のためだとか言って歩く必要なんかない」 「歩いた結果が悪くしてたら意味もない!」と怒っていました。本当に返す言葉もありません。でも、世の中ではやっぱり「健康のために運動をしましょう、体を動かしましょう」って言いますよね。実際私も体がなまってしまっていたので、そろそろ何とかしなくては、と思ったのです。でも「あんたの体はまだ準備ができてない状態だったんだよ」と。で「あんたが大変なのもわかるけど」と、以前、娘のことなどで愚痴と言うかいろいろ話したことを覚えていてくれたようで、自分も娘といろいろあって、あんたの状況が他人ごとに思えない、と…… そのあたりで妊婦さん、それからまたしばらくして私と同世代くらいの女性がやってきたので、正直私はあまり家庭のことをほかの人には聞かれたくなかったのでなんとなくウヤムヤにしましたが、でも、先生が気に留めてくれていたことはうれしかったです。

で、昨日は用があって車で1時間ちょっとのところを往復しましたが、そう言えば、股関節は完全に痛みが取れているなと思っていました。

そして今朝は、なんと膝の痛みもほとんど感じていません。

変形性膝関節症なので治ることはないはず・・・ なのに、今朝は普通に生活できています。 あらためて土曜に行っていたら土日を泣きながら過ごさずに済んだのに、と。

 

ここのところの医者通いで、結局医者に行っても何もわからない、変わらないって思っていたのですが、でも、やっぱりそれだって「早めにかかって正解」なのかもしれません。

 

最近、私がやっとたどり着いた生き方はかつて妹2がやってきたことばかりのような気がしてきました。

奴はもう20年くらい前からいわゆる「断捨離」を始め子供のころからのアルバムも全部捨てたし、年賀状も出さなくなったし、嫌なことはやらない、と豪語していました。

子どものころから医者通いが大好きで、ちょっとの不調でもすぐに医者に掛かります。世間の常識なんてものより自分を優先します。

 

今頃になって私も、そういうスタイルにシフトしたいと焦っています。

今更ながら、奴が私のメンターだったのかもしれない、と思います。

 

妹2のことを思い出したのは、なんとなく怖い先生と妹2って相性がいいような気がしたからです(笑)

妹2はこういうタイプの難しいじいさまに好かれる子だったように思います。

 

変な言い方ですが、怖い先生に好かれる?ようになったのは妹2に近づいてきたのかな?とも思ったりするのです。

私は誰かになりたい、と思ったことはありませんでしたが、今は妹2みたいに自由に生きたいと感じています。