そろそろ動き出さねば・・・

先日、2回目の箱庭療法を体験しました。

箱庭療法を勉強する上での言ってみればロープレなので、ある程度、予備知識があり、さらに前回も受けているので、その時の記憶もあり、もしかしたら今の本当の自分が出ていないのかもしれません。

それでも、やっぱり、潜在的なものが噴出してしまうものですね。

たまたま、その日は前日に娘が「いい加減、家を出て行かなくちゃいけないんだと思ってはいる」と言い出しました。娘は夫が「今年から年金生活だから」とやたら口にするようになったのが暗に「出ていけ」と言われているようで、と。夫にはそんな意識はないとは思うのですが、でも繊細な娘はそう感じるようで・・・

実際の事を言えば、私も早く娘が家を出て行ってくれたら楽になると思ってはいます。でも、私自身、および妹たち、そして自分の周り全てが「女の子が家を出るのは嫁に行くとき」と言う育ち方をしているので「家を出ていく」=「嫁に行く」  と言う、親としてはどちらかと言えばホッとできる旅立ちなのです。ところが、今回「家に居づらくて出ていく」と言うニュアンスに私はまた不安で不安でたまらなくなってしまいました。これがきちんとした仕事を持っている状態ならまだしも、派遣のお仕事も今回は2月で終わるし、その後新しいものを始めても、いつも最初に躓いてメンタルがボロボロになったりするので、そがまた怖くてたまりません。そう、前にも書きましたが神田沙也加さんの事があったせいでその恐怖がさらに募ってしまったのだと思います。

で、箱庭で一番最初に私が目についたのは「熊」でした。単純にただ、大きくて一番最初に目についたから、と言うのもあります。でも、気になったら気になって結局、それを最初に選び、そして箱庭の真ん中に置きました。ここが「自分」を表す場所であることは意識下にあったと思います。なので、別の場所に置きたかったのですが、でもやっぱりしっくりこない・・・ なので、そのあとはもう何も考えずに思う通り並べてみました。先生から、そして前回ご一緒した人からも同じような指摘を受け自分でも気が付いたこと、そして家に帰ってからあらためて気づいたことなどがたくさんありました。まず、クマはどんな気持ちなのか、と問われて私がつい口に出たのは「慟哭」でした。そして、自分の心の中を覗いていった結果、前日の娘の言葉がベースにあるのだと気づきました。あと、無意識に箱庭が区切られているのを聞かれて、私は子供の頃「宇宙が無限に広がっていく」と言う説を聞いて怖くて気持ち悪くてたまらなかったことを思い出しました。私は永遠とが悠久とかそういうものを信じていないと言うか、やはり怖い・・・のだと思います。とにかく何かしら枠がないとダメ。どんな場所もテリトリーと言うか区切りがないとダメなのだ、と。

そして後は左下にめっちゃ大きな蛇があったので、置いたのですが、なぜ?と聞かれて「蛇はその見た目で理不尽に嫌われることが多いのが許せない」とつい答えてしまいました。

そう、ここは私の本質みたいな場所です。私はいつもこの「理不尽」と言う感覚が許せないのです。そっか、確かに私の本質ってそこかもしれない、とぼんやり思いました。後で「蛇」が象徴するものが何なのか調べてみたら「再生と死」「生まれ変わること」「二面性」「知恵」などを表しているのだそうです。

それはちょうど、私が「還暦を迎えたので新しい人生を歩みたい」と言っていた今の状況にもあっている気がします。

他にもいろいろ、思うところがあり、そろそろ本当に動き出さなくちゃいけないな、と思っているところです。